育毛スポット調査【王子神社摂社 関神社編】

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[記事公開日]2018/04/26
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「髪の祖神」が祀られるという関神社に行ってみた

関神社参拝

薄毛に悩まれているみなみなさまこんにちは。AGA LABO編集部です。

AGAラボの新企画「育毛スポット実地調査」の第二弾が公開されました。今回訪れたのは、「髪の祖神」が祀られるという関神社。

「髪の祖神」とはいったいどのような神様であらせられるのか。調査のため現地に赴きます。

レポート作成者:AGA LABO編集部員 Mr.T

育毛スポット調査レポートNo.2 【王子神社摂社 関神社】

2018年4月某日。早朝から激しい雨が降っていた。本日予定していた育毛スポット実地調査は延期であろう。調査班の誰もがそう考えていた。

しかし、数時間後我々はJR東日本「王子駅」に降り立っていた。

雨天決行で育毛スポット調査を敢行したのか? いや、そうではない。あれだけの大降りであった雨が調査予定時刻が近づくにつれて弱まり、現地に到着した時には嘘のように止んでいたのであった。

にわかには信じがたいことであった。と同時に我々は確信した、やはり我々は髪の神の恩寵を賜っているのだと。

王子駅周辺風景

今回の舞台は東京都北区の街、王子。

王子は、池袋と赤羽の間に挟まれた隙間街である。繁華街に挟まれているため目立たずあまり人に知られた街とは言えないが、昔ながらの居酒屋や格安の焼き肉屋など、隠れた「名店」が数多く存在するエリアでもある。

王子駅周辺路線

そして、今回我々が調査に向かう育毛スポットは、東京都北区王子にある「関神社」である。

情報によると関神社は「王子神社」の摂末社であり、王子神社の境内に存在するという。そして、関神社には「髪の祖神」が奉られているというのである。

「髪の祖神」とはいったいどのような髪であらせられるのか? その正体を探るべく、我々は王子神社を目指した。

音無親水公園入口

王子駅を出てすぐ 観音親水公園入口

「音無親水公園」を通りながら王子神社へと向かう道のりは、古風な水車があるなどして、実に雅やかな気配を放っていた。

東京にもあったんだ、こんな光景が。そんな心境であった。

音無親水公園

雅やかな気配を放つ観音親水公園の水車

そんな雅やかないい感じの景観を楽しみ、木の葉のさざめきや鳥の囀り、小川のせせらぎを聞くなどして自然と戯れながら公園を進んでいくと、王子神社へと続く階段が姿を現した。

王子駅より出立して、3分後の出来事であった。

王子神社へと続く階段

王子神社へと続く階段 駅から徒歩3分

我々の今回の旅もいよいよ佳境へと差しかかろうとしている。そして、私たちは神域へと足を踏み入れた。

その拝殿は新緑の中に、静かに佇んでいた。黒と白を基調とした外観が、緑によく映えていた。

王子神社外観

王子神社の祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱でる。この五柱は総称して「王子大神」と呼ばれる。

創建の年代や経緯は不明であるそうだが、平安時代中期に源頼朝の祖先に当たる、源義家が奥州征伐の折に慰霊祈願を行い、甲冑を収めたと伝えられている。そのため、平安時代中期以前の創建であると考えられる。

鎌倉時代の末期には、領主であった豊島氏が熊野三社より王子大神を勧請し、名を改め「王子神社」となった。現在の「王子」と言う地名もそれに由来する。王子にある神社だから王子神社なのではなく、王子神社があったから王子という地名になったわけである。

そんな非常に深い歴史のある神祠への参拝を済ませ、我々は今回の調査の目的である関神社の捜索へと乗り出した。

そう、今回の我々の目的は王子神社の歴史を慎重な手つきで紐解くことではない。あくまで目指すのは王子神社の摂末社「関神社」なのだ。

そして、ついに取材班は探し求めた場所にたどり着いた。これが「髪の祖神」が奉られているという「関神社」である。

関神社

それは、王子神社の境内の片隅にぽつねんと鎮座ましましていた。

想像をはるかに上回る規模で小さかった。王子神社のHPを見て下調べを行なっていた際になんとなく想像はしていたが、それよりも小さかった。

だが、神仏の霊験は神社仏閣の規模に左右されるものではない。それは前回の湯島での調査で感じたことではないか。

我々はこの関神社の調査を、開始した。

まず目についたのは、「毛塚」の文字が刻まれた石塔であった。

毛塚

関神社のそばに佇む「毛塚」

境内案内板によると毛塚の由来は「釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入った折に貧女が自らの髪の毛を切り落とし、油の代わりに火をともして献じた光が大きな突風にも消えることなく、貧女の真心の一灯 として煌煌と輝き続けた」というエピソードが由縁となっていう。

そしてこの毛塚は「東京人毛商工組合」「東京床山協会」「東京かつら協会」「関西かつら協会」により、髪の尊さへの感謝と供養の想いを込め、昭和36年5月24日に建立されたと説明されていた。

素晴らしいことだと思った。毛髪に難を抱える取材班のメンバーの中には、この由来を知って感涙する者もあった。

関神社の石柵

関神社の石柵 数多の床屋やかつら店の名が連なっている

そして、境内案内板には関神社が「髪の祖神」として祀られる由縁も記されていた。

関神社の境内案内板

関神社の境内案内板

境内案内板曰く、関神社に祀られる祭神は、百人一首で知られる歌人・蝉丸公、その姉逆髪姫、そして侍女である古屋美女の3神霊である。

蝉丸公の姉君逆毛姫はその名が指し示す通り生まれつきの酷い逆毛に悩まされていた。その悩み様は尋常ではなかったのであろう。蝉丸公と逆毛姫の物語を演ずる能「蝉丸」では、逆毛姫はその逆毛に苦悩した末に狂人となり、浮浪者になるというくだりがあるほどだ。

そんな逆毛に嘆き悲しむ姉のため、蝉丸公は侍女の古屋美女に頭髪を切って貰い、その髪を「かもじ」、今風に言うと「かつら」に仕立てた。そして、それを姉君の頭に被せて逆毛の苦しみから解放したことから「髪の祖神」と崇められるようになったという。

この由来により、「髪の祖神」を祀る関神社は美容・理容業界や、芸能関係者から厚い信仰を受け、最近では毛髪の悩みを抱える者も祈願に訪れるようになった。これが、関神社が毛髪の神社として知られるように由縁である。

茂る樹木

今回の調査では思いがけず王子の深淵なる歴史を見ることになった。蝉丸公と逆髪姫の姉弟愛にも触れた。そして脈々と受け継がれ続ける髪の尊さへの感謝の想い、そして祈りに触れる旅となった。

別れの季節である3月を越え。新たな出会いの季節である4月にこの地を訪れることができたのは、何かの縁のように感じる。

関神社からの帰りの道すがら、蝉丸公が詠った出会いと別れの歌が聞こえてきそうな気がした。

これやこの 行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関

蝉丸(10番) 『後撰集』雑一・1089

調査レポート作成者

AGA LABO編集部員 Mr.T